能登半島地震:ボランティアレポート

2007年3月25日午前9時42分、石川県能登半島で震度6強の地震が発生しました。石川県警の発表では、輪島市で女性一人が亡くなられたほか、石川、富山、新潟県内で重軽傷を含む159名が負傷。総務省消防庁によると、石川県内では住宅約100棟が全半壊の被害を受けました。
少しでも被災された方たちの力になりたい!と、4月9日~11日の3日間、弊社を代表して、耐震診断員の高橋と山田がボランティア活動に参加してきました。そのご報告をさせていただきます。

1日目

pic_001.jpg 到着が1時半。穴水町のボランティア本部に集合でしたが、場所がわからず、役場に行けば何とかなると思い穴水町役場に行きました。
現状ではボランティア出来る事がないとの事で、まずは門前町の被害状況を見に行く事にしました。
門前町はメイン通りの建物が全壊している建物、ほとんど被害が出ていない建物など色々でした。18時からの穴水町被災者向けの相談会を行ないました。

17名の被災者が来てくれて、色々疑問な事を質問形式で受付けて、その後、我々を囲むように質問がありました。時間もあっという間、20時30分で終了しました。


DVC00026_2.JPG 一番被害の大きかった門前町の様子です。建物が全壊してしまっています。
CIMG2483.JPG 立ち入り禁止の箇所には、「危険」の張り紙も。

2日目

昨日相談のあった被災者の方の建物調査に伺いました。
1件目に訪問したところに中日新聞の記者がいました。気にせず調査開始。86坪の建物で3人の耐震診断員で調査しましたが、通常の耐震診断と違い、被害調査の確認のため要領を得なかったので時間がかかりました。
被害はありましたが建物の構造的な所は部分的な修理で問題ないという結論を伝えたところ、ご主人は「安心しました」と言ってくれました。耐震診断を更に受けて弱いところを補強する事をアドバイスして終わりました。

昼食後、2件目の建物調査に伺いました。そこに木耐協事務局と一緒に北國新聞の記者が後から来ました。2件目の建物は通し柱が2本折れていました。そこのお父さんは大工さんを信用しているようでしたが、息子さんは余震が来たら現状で持つの?と聞いてきたので、現状では倒れるかもしれないとお伝えしました。私は「出来るだけ早く修理して下さい」と言っておきました。建て替えはしなくても済みそうな事もお伝えして終わりました。ここの家族には、2歳ぐらいの男の子がいました。小さな命が失われなくて良かったと思いました。
この時点で書類などをまとめなければならないのでボランティア本部に戻りました。書類作成後、18時から昨日と同じ相談会をおこないました。3人の被災者の相談を受けました。その中の1人のおばあちゃんは調査をして欲しいとのことで申込みをされました。

避難している人ほとんどが、以前住んでいた家に入れない状態(赤紙を貼られている)の人たちでした。あきらめている人、相談会に仮設住宅の申込みと間違えてくる人などいました。
被災者となっても、次の事の不安と戦いながら準備していく姿は寂しい感じもありましたが、みんな強いとも思いました。
避難所ではボランティアをしている人に対して文句も言っている被災者もいましたが、お世話をしていたボランティアの人は嫌な顔をせずに一生懸命に取組まれている姿がありました。

私の人生の中で、ひとたび同じような事が自分の身に降りかかった時に、冷静な判断が出来るのだろうかと思うと疑問でした。


3日目

朝9時より1件目の建物調査に訪問。
この建物は1回目の地震で建具がすべてと言っていいほど開かなくなり、その後の2回目の余震を受けた時、建物が元に戻ったようで、ほとんどの建具が動くようになったようです。柱の状態も若干の傾きはありましたが、問題ない範囲でした。修復するのには若干お金がかかりますが、おばあちゃんは建て直すよりマシ。
2件目の建物調査済みで安心できる建物(緑紙)でしたが、トラックが建物前の道を走ると震度3くらいの揺れがあるとの事で調査依頼でしたが、若干の柱の傾きがありましたが問題ない状態でしたのでその事を伝えて終了しました。
3件目は避難所にいたおばあちゃん(昨日相談会で申込みのあった人)で「この建物を直して住みたい!」と言っていたのですが、我々が建物を見た時、私は終始無言の状況で、おばあちゃんにはハッキリした回答が出来ない状況でした。70年経っている建物。
心の中では何とかしてあげたいと思っても、我々がその建物の修復を請け負う事は現実に無理な状況。

しかし、おばあちゃんはとにかく、「ありがとう、忙しいのにごめんね」と、しきりに我々の事に気を使っていました。
最後に何度も何度も「ありがとう、ありがとう」と言ってもらえました。
このおばあちゃんの家でボランティアは終了。
今回の我々のボランティアは我々が帰った後にもお会いした被災者は色々な事で対応しなければいけない事が山ほど出てくると思います。我々が想像も付かない生活の苦労も出てくると思うと、気の毒でなりません。
しかし、お会いできた人たちは笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことに感謝したいと思いました。

今回のボランティアでの気づかされた事として、ひとりでは何も出来ない。人間は助け合って生きて行くことが出来る。人は気づかされて成長するものだということを知りました。まわりの人がいる事で、自分も生きていくことが出来るという事を再認識する事が出来ました。

ボランティア参加者より

地震発生率0%とも言われていた石川県で起こった、震度6の大きな地震。被害の大きかった門前町のメイン通りは、ほぼ全壊した建物ばかり。私たちが3日間でできたことは、ほんの一握りです。被災された方々は、今後、色々な問題が山ほど出てくると思います。しかし、そんな中、ボランティアを通してお会いした方々は、笑顔で「ありがとう」という言葉を私たちにくださいました。その言葉に感謝の気持ちでいっぱいになりました。今回の能登半島地震のボランティアに社員の代表として参加できたことを、ありがたく思います。
地震は突然やってきます。被害にあってからでは遅いのです。我々は、1件でも多くの耐震診断・耐震補強を行い、地震が来た時に最小限の被害でとどめられるよう活動していきます。そして、今回の貴重な体験を生かし、忘れることのないように皆様にお伝えしていきます。


災害派遣等従事車両証明書今回の能登半島地震のボランティアに社員の代表として参加できた事をありがたく思いました。
今回の体験を今後の活動に活かし、一軒でも多くの耐震化を進め、一人でも多くの被災者を出さないように耐震診断・耐震補強の推進を行っていきます。

災害派遣等従事車両証明書

名古屋支店耐震課:高橋 省次郎

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